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大阪高等裁判所 昭和53年(う)586号 判決 1979年2月27日

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人から金一五万円を追徴する。

原審における訴訟費用中証人小島光男、同國分正明、同渡辺誠、同寺崎芳一、同大西季子、同寺中田鶴子、同住吉繁、同深水重吉、同浦恒生に支給した分は被告人と原審相被告人寺中達夫との連帯負担とし、証人木地福直、同我堂武夫に支給した分は被告人の単独負担とする。

理由

(控訴趣意)

本件控訴の趣意は、弁護人下村末治、同鎌倉利行、同三瀬顕、同近藤正昭、同野間督司共同作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

(当裁判所の判断)

一、二<省略>

三追徴額に関する法令適用の誤の主張について

論旨は、要するに、原判決は被告人に対し一〇〇万円の追徴を言い渡したが、被告人は寺中から提供された本件現金一〇〇万円のうち被告人の妻が費消した一五万円を除く残金八五万円に別の一五万円を加えて寺中に返還しているのであるから、原判決が右八五万円の分についてまで被告人からの追徴を命じたのは、刑法一九七条の五の適用を誤つたものである、というのである。

調査するのに、<原審証人土師美奈枝子、同寺中田鶴子の各証言、土師俊宏の検察官に対する各供述調書、谷雅夫の司法警察員及び検察宮(二通)に対する各供述調書>を総合すると、被告人の妻美奈枝子は、昭和四七年三月中ころ、堺市農業協同組合の職員が被告人の右農協からの借受金に対する利息、登記手続費用等合計一五万五、六五七円の集金に来た際、寝室の押入れ内の和タンス戸袋下右端の引出の中に本件現金一〇〇万円(一万円札一〇〇枚)が入つているのを見付け、そのうち一五万円を取り出し他の小銭と合せて右集金の支払にあて、その後同年四月一一日ころ、一万円札一五枚を足して一〇〇万円にしたうえ、寺中方へ持参してその妻寺中田鶴子に返還したことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

ところで、原判決が被告人に対し一〇〇万円の追徴を言い渡した理由は、判文上必ずしも明らかではないが、本件現金一〇〇万円は一部費消された後返還時に補填の金員と混同されて全部が没収不能となつたため、その事由を生ぜしめた被告人から全部の価額を追徴すべきであるとの見解に立つたものと考えられる。しかしながら、金員を収受した収賄者がその一部を費消した後これを補填して贈賄者に返還した場合においては、補填により収受した金員の特定性が失われていても、返還された賄賂の残金については贈賄者からその価額を追徴すべきであつて、収賄者から追徴すべきでないと解するのが相当である。すなわち、刑法一九七条の五の規定は、賄賂を手にしている収賄者、贈賄者等からこれを没収し又はその価額を追徴すべきことを定めたものであるから(大審院大正一〇年(れ)第一六二四号同一一年四月二二日第一、第二、第三刑事聯合部判決・判例集一巻二九六頁、最高裁判所昭和二七年(あ)第四九一六号同二九年七月五日第二小法廷決定・判例集八巻七号一〇三五頁等参照)、賄賂の一部が贈賄者に返還、回復されている場合には、その部分については現にこれを手にしている贈賄者から没収し又はその価額を追徴すべきことは当然であつて、賄賂原物の特定性の有無は、右の規準で決せられた対象者について、没収と追徴のいずれを科するかを決する際に初めて問題となるにすぎないのである。のみならず、本件の場合には、前記のとおり、賄賂の残金八五万円に一五万円を足して贈賄者に返還されたものであつて、返還時において未だ賄賂である金員の特定性は失われていないとみるのが相当である。

したがつて、本件においては、返還された賄賂の残金八五万円について被告人からこれを追徴することは許されないといわなければならず、原判決には右の点に法令適用の誤があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

四結論

よつて、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決中被告人に関する部分を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い更に判決することとし、原判決の認定した事実にその挙示する各法条を適用し、主文のとおり判決をする。

(瓦谷末雄 香城敏麿 鈴木正義)

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